Try-03



――再会――



 朝の静けさに機械の旋律が響く。
はいつもより早い時間に携帯のアラームを設定していた。
春の暖かさの中、まだ眠い目を開けベランダに出て、朝日を浴びつつ背伸びをする。
テレビで見た健康法は、いつしか朝の習慣となっていた。
左側から太陽が昇ってくる。
朝焼けの色が今日の好天を表していた。

 「あら、早かったねぇ」
一階に降りてきたに母親が声を掛けた。
「あー、アラームの時間変えてたの忘れてた。」
勿論嘘だが、人より自尊心の高いにとって
正直に「今日は部活動初顔合わせだから」などと言うのはきまりの悪い事である。
マネージャーとはいえ、初めて後輩が出来る日なのだ。
家族の前では冷静を装っていてもそこは中学二年生、やはりその心情は高ぶっていた。

 その日の授業は一時間一時間がとても長く感じた。
帰りのショートホームルームでそれぞれの集合場所が告げられた。
がマネージャーを務める男子テニス部は、
女子テニス部と一緒に毎年体育館で行われると決まっている。
青春学園男子テニス部と言えば全国的にも有名で新入部員も多いからだ。
通常なら下校を知らせるチャイムが鳴ると同時に、クラスが一斉に教室の外に出た。
思えば一年前も、こうしていとこの英二と二人で体育館へ向かったものだった。
だが今年は英二とダブルスを組む秀一郎も一緒だ。
このように新しい友達が出来るのも部活動の醍醐味である。
もし今年新たにマネージャーが入ってくれれば、女子の友達も出来るかもしれない…。
そんな期待も抱きつつ、と二人は体育館へと入っていった。

 「ステージに向かって…えぇっと…左から一年、二年、三年の順に並んで下さいぃ…。
  女子テニス部はねぇ…ほら、入り口側ですよぉ…!」
幽霊顧問の先生が必死に生徒をまとめている。
英二が本当に幽霊みたいだと言ったが、はこれから後輩になる集団の方に夢中だった。
「へぇ、結構居るのねぇ。ウチらん時とどっちが多いかな。」
マネージャー志望の女の子が居ないかときょろきょろしながらが言った。
今年は居ない様だと思いつつも諦めきれずに探していたその時、ふとある一点に目が止まった。
見覚えのあるツンツンした黒髪、キリッとした眉と目…。
身長が伸びてはいたが、確かにあの子だ。
ちゃん、集合だよ!」
秀一郎に呼ばれて見失ってしまった。
―まあいいや、例年通りならば自己紹介があるはず―
その場はとりあえず素直に自分の場所に並ぶ事にした。

 先生の挨拶、部活動の説明、そして長い長い注意事項があった後、やっと自己紹介の時間になった。
一人、また一人と少年の順番が近づく。
だが少年は手前の列、最後尾に並んでいるので一番最後になりそうだ。
待ち遠しくて仕方がない。
他の子達の紹介はほとんど馬耳東風だった。
フォークダンスで好きな子と当たるのを待つ気持ちというのもこういう感じなのだろうか。
そんな事を考えている間についに彼の番になった。
何故こんなに緊張しているのか自分でも分からなかった。
極限の緊張の中で、やっと彼の晩になった事がただ嬉しかった。
少年がその場に立つ。何か喋っている。
しかし何も聞こえない。そしてついに何も見えなくなっていく…。

 やっと視力が回復すると、そこには英二と秀一郎が居た。
「大丈夫?いきなり倒れたからびっくりしたよ」
「ほぇ…んぅ?」
一瞬秀一郎が言った意味が分からなかったが、二秒ほどしてやっと理解できた。
少し黄ばんだ白のカーテン、他の教室とは違う材質の天井。
そこは体育館ではなく、保健室のベッドの上だった。
「おばさんには俺が連絡しといたから、もうすぐ迎えに来ると思うよ。
 今朝早起きしたんだって?もぅったら変な所で無理するんだからにゃ〜」
早起きした事は学校では言っていない。
きっと電話をした時に母親に聞いたのだろう。
初顔合わせの事もバレたに違いない。
どうしようもない事ではあるが、倒れてしまった事を後悔した。
そしてはもう一度後悔した。
あの少年の紹介を聞きそびれたのだ。
折角最後まで待っていたのに。

 そのうち迎えが来て、英二も一緒に車で帰った。
車の中では寝たふりをしながら、あの少年の事を考えていた。
明日になれば部活で会える。会ったらまず何て言おう?
だいたい私の事なんか覚えているのだろうか。
いや、警察まで呼んだのだから説明すれば思い出してくれるだろう。
どう説明しよう。その前にまずお礼を言うべきか。いや、説明が先だ。
でももしも部活で会う前に学校で遇ったらどうしよう。
チンタラ説明なんかしている時間は無いかもしれない。
そんなほとんど意味も無いような自問自答を延々と繰り返していた。

 「着いたよ!」
いつの間にか本当に寝ていたようだ。
は家に入るとすぐ、テレビをつけた。
暫くして、突然思い出したように宿題を取り出し急いで仕上げた。
宿題をしまうついでに、明日の授業の準備もさっさとすませてしまった。
貧血とはいえ心配はしていたのだろう、いつもより早めに父親が帰ってきた。
夕飯の時に具合はどうかと聞かれたが、その頃にはもうすっかり良くなっていた。
只一つ、明日の事を考える度に襲う妙なドキドキを除いては。
勿論そんな事を口に出すわけは無かったし、
そのドキドキから来る少し挙動不審な行動も夕方の貧血のせいにすることが出来たので好都合だった。

 その夜、久しぶりの快晴で星がキラキラと輝いていた。
は携帯のアラームをそのままにして、眠りについた。




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