Try-05



――運命――



 何も見えない、何も聞こえない、体が動かない、暑い、苦しい…。
ふと目覚めて気付いた。
春だと言うのには毛布に包まっていた。
体の調子は既に回復していたが、なんとも気分の優れない朝だ。
やっと聞こえてきたのはひどい雨音。
昨日のお日様が嘘のような横殴りである。
仕方が無いので背伸びだけして顔を洗う。
時計を見るとまだ五時半だった。
「今日は部活なさそうだな…」

 は青春学園中等部の男子テニス部でマネージャーをしている。
初めての後輩が出来て最初の部活のはずだったが、この雨ではきっと中止だろう。
せめてミーティングでもしてくれれば…。
そこまで期待するのには理由が在った。
一人の男子新入部員である。その子に会いたかった。
自己紹介の途中で倒れてしまったので名前も知らない。
だが顔と声だけははっきりと覚えている。
一年前の夏に助けてもらったとき以来、忘れたことはなかった。

 いつものように朝御飯を食べ、いつものように準備をして、
いつもよりゆっくりテレビの占いをチェックする。
12星座のランキング、最初に二位から十一位を発表する。
だがの蟹座は発表されなかった。
目覚めも悪かったし雨も降っている、きっと最下位だろうと諦めていた。
『そして今日の運勢第一位は…蟹座の貴方!何をやってもハッピーな日』
驚いた、朝からこんなんで一位だなんて。
『ラッキーポイントは公園!帰りに近くの公園に寄ってみて♪』
いや雨だしってか近くに公園無いし。。
全くもって妙な朝である。

 占いも終わったので、いつもに戻って玄関へ。
と、傘が無い。いつもは家の中の傘立てに立ててあるのに。
外の傘立てを捜してみるがそこにも無い。
そういえばこの間カラオケに行った時に忘れてきたんだった。
占いは所詮占いか…などと考えながら、安っぽい透明なビニール傘に手を伸ばす。
「…長っ!」
普通の百円の奴かと思いきや数百円する物だったらしく、やたらデカい。
父さんのか?今日使うのかな。
他に手頃な傘も無かったので、とりあえずその傘を差して出る事にした。

 学校に着く頃には、はもうほとほと疲れきっていた。
脇に木が生い茂る道を抜けたところの角で待ち合わせていた従兄弟でテニス部員の英二と
その先の交差点で待ち合わせていた同じくテニス部員の秀一郎と三人で歩いて来たのだが、
何しろ傘が広いので、隣の傘にぶつかり、壁にぶつかり、車に当たりそうになり。
そんなこんなが校舎に入るまで引切り無しに続いていた。
、大丈夫〜?」
「あー、うん、どうにか」

 朝のホームルームが終わるとジャージとシューズを持って体育館へ急いだ。
木曜日は三年生も体育なので、部長に今日の部活の事を訊ける。
!」
クラスの女子が後ろから声を掛けてきた。
「ねぇ、今日は体育館三年が使うからウチら保健になるんだって」
「はぁぁぁぁぁ!?」
雨のせいである。すぐそこに先輩達が居るのに。
何をどうしたら“何をやってもハッピーな日”なんだか!
兎に角時間が無いので走って戻る。
ん?何か踏んだような…。
「って〜!あっ、すんませ〜ん!!」
あまりに急いでいたため、誰かの足を踏んでしまったようだ。
彼も急いでいたのか、走って行ってしまった。
「ほんっと今日は慌しいなぁもう…」

 昼休み、教室で御飯を食べていると秀一郎に呼び出された。
まだ雨は止んでいない。真っ黒な空は遥か西の方まで続いたままだ。
やはり今日の部活動は休み、ミーティングも何も無いそうだ。
予想はしていたがそれなりに落ち込む。
とは言えいつかは必ず部活をする日が来る事に違いは無いのだ。
プラス思考でいこう。そう言い聞かせてまた教室に戻った。

 どのクラスよりも長いホームルームも終わり帰る準備をしていると、英二が教室に入って来た。
折角部活が無いので秀一郎と商店街に行くらしい。
も誘われたが、ふと朝の占いを思い出して断った。
つまり公園に行くつもりなのだ。
勿論口では「昨日の事もあるし、早めに帰るわ!」と言っておいた訳だが。
ところが公園は家とは逆方向、道程によっては商店街へ行く途中にある。
どこかで二人に会ってしまっては話にならないので
トイレに行くなどして誤魔化しながら英二達が学校を出るのを待った。

 生徒玄関を出ると、すぐさまテニスコートに向かった。
水はけが良いはずなのにびしょびしょで、雨が降っていなくても練習が出来なさそうに見える。
マネージャーとしての仕事も無いようだ。
当然そこには誰も居ない。女子部も、先生も、部員も、あの子も。
「公園…行くか」
は正門に足を向けた。

 公園に着いたは良いが、そこにも誰も居ない。
そりゃそうだ。遊具もベンチも、この時間になっても一向に上がりそうも無い雨に濡れている。
このまま待っているのも時間の無駄だと思い、帰ろうとした。
その瞬間、ほんの一瞬だったが人影が見えた。
唯一つ屋根のついた遊具、木々で塞がれた横穴のある小さな家のような物の中。
は見逃さなかった。半信半疑ながらも密かな自信があった。
傘を握り締め、ゆっくりと近づいていく。

 入り口まで来た瞬間、中から人が飛び出してきた。
「うわぁ!」
やっぱり彼だ…!
「あ、あの…」
「ぇ、あ、すんません!ってあれ?今日ぶつかった人?」
今日?ぶつかったって…。
そうか、一限目が始まる前にぶつかったあの子、この子だったんだ。
「なぁ、もしかして前にも会ったこと無かった?」
「あ、あの、えと、私、テニス部のマネージャーです!」
「あ〜…ああ!こないだ倒れた?え、じゃあ一個上!?ぅわ、ごめんなさぁい!!!」
元気だなぁ…。ってそんなこと言ってる場合じゃない!
「いっ良いよ敬語じゃなくても!マネージャーだし…それより覚えてない?」
「何を?」
やっぱり覚えてないのだろうか。
解かり易く簡潔に説明しようとはしたが、自分でも何を言っているのか分からない。
それでもどうにか伝わったようだ。
「あー!お前あん時の!俺てっきり年下だと(笑)」
「あたしも年上かと思った(汗)」
「なぁ、中入んない?ここの椅子、濡れてないぜ!」
「あ、はい」

 何気なく隣に座る。別に意識したわけではない。
というか、意識するようなことではない。
ただの新入部員とマネージャーなのだから。
それでも胸の高鳴りは抑えることが出来ない。
顔が赤くなっているような気がする。
雨が降っているのに暑い…というより熱い。
「体はもう良いのか?」
「え、うん、お陰様で…」
「そんなら良かった。俺が喋ってる時に倒れるからびっくりしちまったぜ〜!」
「ごめんね(笑)」
顔を上げると、彼がこちらを見ている。
「やっと笑ったな」
そういって彼も笑顔になった。
子供らしいあどけない笑顔…は無意識のうちにいとおしく思っていた。

 二人はしばらく喋り続けた。
あの夏の事、テニスの事、学校の事。
時間が経つのは早かったが、それでも雨は降り続けている。
「傘持ってないの?」
「俺んち遠くてさ、チャリ通なんだけど雨だったから親に送ってもらったんだ。
 そしたら傘のことなんてすっかり忘れてて」
なるほど、それで雨宿りしてたって訳か。
そしては思いついた。
いや、こんなの普通じゃない。漫画じゃないんだから。でも…。
「ねぇ、家どこ?」
「え?」
「私、今日傘大きいの持ってきちゃったんだ。良かったら送るよ!」
屈託のない笑顔を作って誤魔化しながら言った。
実際はとてもとてもドキドキしていて、嫌われるんじゃないかとさえ思った。
「いいのか!?あ、でも俺んち遠いぜ?」
「大丈夫。今日はうちの親、夜まで帰ってこないから」
自分でも驚いていた。
この私がこんなことを言うなんて。
しかもこの子喜んでる。変なの…餓鬼だなぁ。

 彼の名前は武。の家を通り過ぎて二十分ほど歩いた所に住んでいるらしい。
小学校が反対側だったので会わなかったのだろう。
もそっちの方にはほとんど出向いたことがなかった。

 傘の中では距離が近すぎて、さっきほど喋れなかった。
それでもなんだか楽しくて、このままどこまでも歩いていきたいと思った。
ずっと喋っている中で、お互い名前で呼び合うことになった。
自分でも不思議なくらいの進展。
中学生ってこんなもんなのだろうか。
年齢や性別は違えど、此処までくればもう友達だ。
もしかしたらこれで普通なのかもしれない。
だがにとってはそんな事はどうでも良かった。
ただ、今この瞬間が、とっても幸せだから。

 西の空の色は明るくなっている。
どうやら占いは当たったようだ。




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